牡蠣のシーズン到来しました。

東京純豆腐冬メニューでしか食べられない「牡蠣スン」が11月5日よりスタートします。

スンドゥブ専門店で年間を通じて商品を提供している身ですから、スンドゥブは冬のメニュー
などというつもりはサラサラありませんが、凍えるような寒さの中、心も身体もホッと温めて
くれるスンドゥブをはじめて食べた感動は、10年以上も前のことですが今でも忘れません。

そして本場韓国でもなかった(当時)冬の定番の牡蠣をいれたスンドゥブをはじめて作ったときに
食感、出汁感ともに「こんな旨いスンドゥブ食べたことないよ~」っていうのが皆の感想でした。

そんな思いもあり、冬にしか提供しない牡蠣スンに対しての自分も含めての思い入れは相当なもの
でございます。
そして、ぜひこの季節にしかご提供していない牡蠣スン。

そんな牡蠣スンストーリーをぜひ皆様に堪能していただきたいです。

 

まず、今年使用する牡蠣の選定を現地に出向いて吟味します。kakimi

 

 

 

 

 

 

 

コストと味が良いものをいくつかピックUPして、最終的に試食して最終決定いたしました。

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今年は瀬戸内海産の厳選牡蠣を5個入りでご提供させていただきます。

今年の牡蠣はコクの中にもキレがあるスッキリとして味わいです。

 純豆腐_冬メニュー

また、大人気のホルモンスンドゥブに牛肉と店舗仕込みのニラキムチを加えた「牛ぎゅうスンドゥブ」も
コラーゲンたっぷりトロトロ食感!
冬にぴったりなHOTな一品です。

ぜひ、こちらもお試しくださいませ。
(広島府中店では牛ぎゅうスンドゥブのご提供はいたしません)

低糖質・低カロリー、高たんぱくコラーゲンたっぷりなスンドゥブで冬の寒さをのりきりましょう!

 11月5日よりスタートです。

ご来店お待ちしております。

久々のブログで、さながらいきなりスポットで放映される「北の国から’92巣立ち」みたいな突然の更新ですみません。
なんか、常連でよく行っていたお店に顔を出さなくなると、なかなか行きづらくなっちゃうことってありませんか?
ブログもそんな感じで遠ざかっていました。

東京純豆腐物語10周年

東京純豆腐物語10周年

 

 

 

 

 

 

 

東京純豆腐は本日4月12日に10周年を迎えました。
思えば教育事業を20年以上の歴史の会社が素人軍団が、初の飲食業に挑戦し10年を迎え30店舗以上の展開、シンガポール進出と本当の当時を思えば奇跡なようなもので、立ち上げにかかわった者としては非常の感慨深い思いです。

東京純豆腐がお客様に支持されて来たのは「私たちのスンドゥブに対する情熱と思い」が伝わってきたからかもしれないと感じています。

徹底的に味にこだわり、オリジナリティのある「いままでにはない雰囲気や商品」

そもそも韓国の家庭料理であったスンドゥブは、ロサンゼルスの健康ブームによる豆腐ブームの影響をうけてスンドゥブ専門店ができました。
本格的なスープ、スンドゥブ用につくられた豆腐。

それは韓国の家庭で食べられているスンドゥブとは別ものでした。

そこに目をつけた本家の韓国も1料理カテゴリであったスンドゥブをロスからの逆輸入的な感じで専門店ができました。

で、じゃあ我々はいうと東京発信の新しいスンドゥブ専門店として、かつて中華料理の1つであったラーメンが専門店化したように、オリジナルのスンドゥブを開発して日本の食文化として定着させるという大きな理念のもとにスタートしました。

スープのとりかたや材料なども韓国のスンドゥブとは別物です。

チーズやバター、トマトなど入れたスンドゥブは試食段階で大変おいしく、必ずヒットすると確信していたが、ブログなどで、あれはスンドゥブじゃないとか、気持ち悪いなどと陰口をかかれたこともありました。
ただ、思ったとおり表参道近くの青山店では、チーズスンドゥブ、味噌バタースンドゥブが大人気に。

「本日10周年をむかえました」の続きを読む…

名前の由来・・・続けます。

Thai’s(タイズ)

実は仕事でNYに4~5回行かせてもらっているのですが、先代社長が感動したスンドゥブの味の確認をしにいったってのもあるのですが、当時先代が気に入っていたピザ店やタイ料理店の視察に重きをおいていました。(スンドゥブは既にオープンしてましたので、もっと研究するって意味もありましたが)

超オシャレなタイ料理店にも行きましたが、ランチはワンコインで食べられるベジタリアン御用達の、動物性のものを使っていないタイレストランにも行き印象的でした。

日本で展開するとなると、NYと違ってベジだけでは勝負は厳しいの結論にはなったのですが。

ベジ仕様のタイカレー、ガパオなど開発しました。
特にカレーに関しては、野菜系のスープのみでベースを作り、それにカレーペーストを入れて、コクを出すために最高級のココナッツミルクを使いました。

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なんで、Thaisのカレーのベースには、タイではあまり使わない椎茸などがベースに使われています。
普通は鶏ベースが多いのですが、ベジを実現するために、結構苦労しました。

はっきり言って自信作です。

あっ、前置きが長くなりました。
当初タイ料理の業態に関しては、タイカレーを中心にした専門店的な位置づけで、それこそ「東京純豆腐」のようなイメージで考えていて

「タイの国から」という冗談なようなネーミングを先代が言い出して、実はロゴも作りました。

ある時、あとで書きますが、「池袋キッチン」という現在のApizza東通り本店の場所に、謎の飲食店が出来たのですが、そこでいくつかの商業施設から出店しないかと声がかかり、タイカレーの専門店ではなく、トータル的なタイ料理を提供する要望があり、池袋キッチンで毎日研究でした。

で、なぜか「タイの国から」商業施設に入る、総合的なタイ料理店をするということで、先代の「Thai’s」にしようってことで決まりました。

「More green・もっと野菜を食べようがテーマのタイレストラン」このフレーズは自分が考えたのですが、良かったか悪かったかわかりませんが、入ってきたばかりにバイトに「意味わからん」とか飲み会の席で言われて、「クソ生意気な野郎、お前辞めろや!」とかパワハラならぬ、スギハラの洗礼を浴びせました。

まぁ、いまでは彼はダイバーシティの店長もしていて、Thaisの中心的な存在であり、懐かしい思いでですが。

「More green」はNYでの先代と食べたベジタイレストランの思いがあっての事だったのです。
そして、苦労したタイカレーの開発の思いがあったので、ついつい・・・。

 

Apizza(エーピッツァ)

意外と知らないのが、かっこイイ(かっこエー)からApizzaとか言う人がいます。
もちろん、お店のスタイルやコンセプトとしてはいいと思うのですが、

元の語源は
This is a pizza(単数)

つまり、冠詞のAから来ています。

冠詞のAは複数形にはつきません。つまり一人前のピザっていう意味がApizzaっていう語源です。

NYも何度も行き食べ歩きました。
日本でピザを食べるって言うと、宅配かイタリアンで円形の大きなピザが出てきますよね。

NYではピザ屋が池袋のファミマ以上、銀座の歯医者以上にひしめいていて、ちょっと小腹が空いたときに、カットしたピザを温め直して提供してくれます。

リヒートピザってヤツです。
でも、これって凄く便利だし、安いし日本でも流行るんだと確信しましたが、どう表現するかって部分と、ピザなんて作ったことがなかった現立教店店長のI津さんと、これまた研究づくしでした。

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いいかげんで、大雑把な直感だけの右脳男の自分と、凄く真面目できちんと測るI津さん。

出来上がったレシピをコピーするなら、正確に分量を測ってやることも必要だけど、作り上げるという部分では、見本になるようなものがあったなら、大まかな比率と入っている調味料だけ、見てそれを感覚でつくって、味見して、そしていままで味わった食材や調味料などと頭の中で、組み合わせる。

そんな考えがベースなんでI津さんには「だから測るんじゃなくて・・・」なんて色々苦労かけました。

そしてH井さんが入ってきて、店づくりやコンセプト、スクエアピザなどという独自に発想でいまがあります。
ただ、H井さんの発想は独特で開発をするスタンスでいうと、結構大変でした。
諦めたわけじゃないし、H井さんもいまでも思っているかもしれないけど、○○を使ったチーズとか、色々と思考錯誤しましたね。
で、I津さんの思いがある粉と、H井さんのお店づくり。

俺も微力ながら、ベースになっているトマトペーストのベースと、ある材料で・・・・。

謎の池袋キッチン

番外編

今のApizza池袋東通り本店

いまでこそ、雑誌やTVに取り上げられる人気店ですが
元はテストキッチンでした。

お弁当屋さんの居抜きで、1階以外に地下があり、事務スペースとして、また食材保存として大型冷蔵庫があるので、テストキッチンには最適。

でも、ただテストだけではもったいないし、色々とお客様の反応をみたいってこともあり、ランチだけ営業することに。

メニューは当初

スンドゥブ・カルビクッパ

タイカレー(グリーン・レッド・イエロー)・ガパオ

ピザ(マルゲリータ・ペパロニ)

韓国料理・タイ料理・ピザという

なんだか分からない謎のレストラン。
こじ付けでワールドキッチンと名づけましたが、時折、夜になると全国の店長が集まり会議。
もの凄い勢いで、「接客8代用語」の唱和!
めちゃ、響きます!
会議室でも使っていたのですが、間違ったら新興宗教だよね。

 

Thaisがダイバーに出店して、「お台場合衆国」の時に、仕込みが間に合わないというので、凄い量を仕込んで冷やして宅配便で送るのですが、これも額から塩を吹くレベル。
一番でかい真空パックに詰めて、機械が地下にあるので30kg位あるカレーをパックに詰めて、そして機械のある地下に・・・・。これを7セットかな。

近くに宅配便の営業所があったのですが、つめこみ過ぎて重量オーバー。

たしか35㎏超えちゃこの梱包ではダメみたいな、なんかあったような。

ヤ○ト運輸さんにはお世話になりましたわ。

I津さんがいたときは手伝ってもらいましたが、いない時は一日、なんど往復したことか・・・。

腰を痛めて・・・おかげで池袋の腕の良い治療院はよく知ってますよ!紹介料もらいたいくらい、8名位紹介してますから。

実は、池袋キッチンの前に中野坂上で、池袋パルコあたりまで、たかだか今思えば5店舗位でしたが、すべての調味料やスープ・切りものを作っていた時期があり長くなるので、機会があったら書きますが(過去のブログにもあるかも)

まじ、戦士やな!みたいな体重も15㎏減ったし。いま思えばライ○ップより中野キッチンです。

なんて、池袋キッチンの事を書いていますが、まじで・・・・・池袋キッチンがなければ
Thai’sとApizza生まれていない業態です。

腹を据えるって意味で、俺はは研究所みたいに探究するぞってことで、終電が早い自分と調理長は楽天で折り畳みベットを購入しました。なんでベット付の池袋キッチンでしたが、Apizzaオープンのタイミングで廃品回収でされちゃいました。

って、書いていて思い出したけど、震災の時に教育事業部を含めて、みんな終結したのがApizz本店=当時の池袋キッチンです。キッチンのスタッフが買い出しや、ある材料を使ってカレーをふるまったの覚えています。

調理長をはじめ、剛、ホンマいま思うと感動したしありがとうと言いたい。

まぁ、この夜ののことは、書ききれないドラマがあったので、別の機会にしようと思いますが

間違いなく言えることは、池袋キッチンがなければ、「Thai’s」も「Apizza」は生まれていないでしょう!
だからどうした?
って、ことなんですが

これって人を相手にする商売において、歴史を知るってことは、知っていてマイナスになることはないと思います。

追伸1

震災当時は本社ビルにいて、マジ怖かったです。
事業部長のH山さんは名古屋かその辺にいて、あの恐怖を味わっていなく、電話がつながらないのでスカイプで連絡ありましたが、途中で余震があり避難しながらのスカイプ。まじ怖かった言うかまわりが心配でした。

後日、H山さんから俺は「阪神大震災を経験してるから大丈夫だよ」みたいな、そりゃそうかな。

また、クソ長くなってしまった。

でも、伝えたいことが多すぎてね。

 

追伸2

震災時のことは「世界仰天ニュース」でもいけるクオリティだと思いますよ?
人って大変な時になるとね。
企業もそうだよね!!