同じ釜の飯を食う

ごく一般的に使われる言葉。

よく使われるのが、単純に一緒に仕事をしていたりして、同じ立場なんだから、みたいに使われる事が多い。

でも、自分の見解は違う。

同じ釜の飯を食うと言うのは、単純に同じ職場に務めると言う事ではない。

共通の目指す道や、志であったり。

そう、家族のような存在だ。

家族って良いも悪いも、運命共同体で、縁を切ったり切られたりと言う部分はあるかもしれないが、基本その部分は関係的には変わらない。血の部分だ。

それ以上に強いのが、同じ環境の中で、苦労を分かち合い、時には喜び、時には泣くみたいな、そんな経験をしたり、助け合って苦難を乗り越えたり。

語源は分からないが、同じ釜の飯を食うってのはそんなことだと思う。

家計が悪ければ、そんな食卓になるし、よければ良い食卓になる。

ただ、そんな中、食卓を囲みながら、思いを噛み締めながら、前向きに今日は卵とご飯だけだが、焼き魚やステーキを食べたいなみたいな、会話を通じて話が高揚する。

そんな時代や経験を通じて、家族同様の良い意味の仲間意識や連帯感生まれる。

それが、単純に同じ職場という表現ではない、「同じ釜の飯を食う」という表現につながるのではないだろうか。