3.11 の後に心配になって、宮城にいる親戚に、電話をした。

3日位は電話はつながらなかった。

自分には最近は付き合いが無い、種違いの姉がいる。

自分が幼少期のころは付き合いがあったが、その後はあまり付き合いが無かった。

姉と行っても、親子以上に年は離れていて、70歳を超えているどころか、80歳に近いんじゃないかな。

手紙が届きました。

かみさんと結婚して、何度か宮城の登米郡の遊びに行ったり、御葬式関連で行ったりした。
すごくもてなしてくれて、そして暖かく迎えてくれる。

でも、最近は自分の仕事の関係もあるし、なかなか行く機会や話す機会もなかった。

そんな感じではあったが、今回の地震で心配になって連絡をした。

姉とも話したのだが、自分からしたら甥なのかな、姉の息子とも話しました。
無事でなによりです。

4月7日に宮城で大きい余震があった。
翌日に姉からではなく、息子の嫁からの電話があった。

昼飯をいつものメンバーで食いに行ってた時に、いきなり。

「誰だかわかる?」って

やばい、最近キャバクラにも言ってないし、誰だかわからかったけど、聞いた声だ。
しかも年配の(失礼しました)

なんか、停電で乾電池を買って欲しいと。

すぐさま、昼飯をたべた後にビックカメラ、ヤマダ電機に行ったのだが単三電池は確保出来たが、単一電池がない。

最後の砦でドンキホーテに行ったら単一電池もあった。

でも、一人1パック(4本)かぎりです。

本部スタッフと池袋の店長に協力してもらって、なんとか30本近く確保して送りました。協力して頂いたスタッフのみんなありがとうございました。

電池を送ったら、お礼と言う形で米を送ってきてくれて、米袋の中に入ってた封筒です。

炊き出しに宮城に行ったので寄りたい気持ちはありましたが、かなり距離があったんでいけませんでした。
でも、近いうちにぜひ行きたいと思ってます。

人と人のつながりや、一体感って今回の震災で改めて深いと感じた。
茶髪にミニスカート姿の高校生が、集団で募金をしていたり、都心の節電意識は強い。

頑張ろう日本!

絆があれば乗り越えられる!いまこそ!