東京から移動して、宮城県の多賀城市にある山王公民館に炊き出しに行ってきました。

震災後直ぐに炊き出しの話が出て、色々な機関に連絡をとっていたのですが、震災直後という事もあり言うなればたらい回し状態で、なかなか現状を把握できず実行に移せませんでした。

それもわかります。未曾有の大震災に加えて、度重なる余震。

原発の問題。本当に色々な難題と恐怖、今まで日本が経験した事の無い災害です。

自分達も、うかつに動いて、逆に迷惑になってはいけないというのも有って、延び延びになっていましたが、4月17日になってやっと実現いたしました。
宮城1

まず、今回の炊き出し支援活動に、ご協力を頂きましたお取引業者の方々にお礼を申し上げます。

炊き出しに必要な機材や食材、トラックの手配、数々の救援物資をご提供頂きました。
炊き出しに必要な食材や機材以外にも救援物資がトラックに満載でした。

ご協力企業様(順不同)

㈱ショクリュー 様
㈱DTN 様
MRC㈱ 様
㈱丸善 様
味の素冷凍食品 様
エスビー食品㈱ 様
ハインツ日本㈱ 様
丸松物産㈱ 様
カゴメ㈱ 様
キッコーマン食品㈱ 様
㈱創味食品 様
味の素㈱ 様
キーコーヒー 様
㈱明治 様
MCC食品㈱ 様
㈱トロナジャパン 様
日本マッケイン 様
ときめきドットコム 様
ポッカ 様
ミツカン 様
㈱スズカコーポレーション 様
アリアケ・ジャパン㈱ 様
日本食研㈱ 様
ホシザキ東京㈱ 様
㈱ニッキフーズ 様

軍手・タオル・カレー粉・焼きそばソース・めんつゆ・漬物・お手拭・デッキブラシ・ゴム手袋・土嚢袋・マスク・ハンドクリーム・Tシャツ・ミルクセーキ・ほうき・ポリタンク・衛生手袋・割り箸・ミネラルウォーター・炒め調味料・炊き出し用(スンドゥブ食材・備品・テーブル・ガスコンロ・トラック)

本当にありがとうございました。
お取り引き業者の方々のご協力が無ければ、出来なかったことです。

そしてその思いを背負って、その気持ちを伝えるため、そしてほんの少しでも被災地の方の力になりたいと、山王公民館を目指しました。

前日移動で、ブログにも書きましたが電車組の自分を含めた3名は、福島駅に着いてから、強風で電車が止まり3時間足止め。
車組は途中で竜巻にあったりして、前途多難。

結局、車組が先に着いて自分たちが着いたのは23時ごろでした。

翌日は仙台パルコ店のスタッフと合流して、山王公民館に向かいます。

通った道の周りは、家の倒壊などは無かったのですが、屋根にブルーシートがかけてある家も結構ありました。

そして、道路はところどころ、ボコボコしていて車が大きく揺れます。

震災の大きさを実感しました。でも、壊滅的な被害がないエリアでの事です。

これが津波の被害を受けた所では、想像を絶する光景だろうと思った。

そんな思いで、現地に到着しました。
宮城2

トラックに中には荷物が満載。
本当によく入ったなぁという感じです。元、引越しの仕事をしていたS藤係長の力があってからこそです。

宮城の桜
桜はまだつぼみでした。

自分や、H山部長が積み込みをしていたら、半分もダメだったかもしれません。脱帽です。

トラックからまず、救援物資を下ろしてボランティアのスタッフの方に、バケツリレーのような感じで手渡す。
宮城3

ボランティアの方は、ベストを着ていて、そこに県名が入っていて、岐阜とか他県から来ていて寝泊まりしています。

そして、炊き出し準備開始。

調理長と仙台パルコ店のスタッフが中心になり、炊き出しスンドゥブを作っていく。

炊き出しの準備をしている時に、非難している子供達が元気いっぱいで遊んでいた。

本当に学校で遊んでいるかの様に。ただ現実は震災で家を失った子供達なのだ。そのギャップが余計に心に染みた。

この時からH山部長は、子供と遊ぶ係り。最後まで自転車に乗ったり子供と戯れていた。

その間にも仕込みは進んで行く。

本来、手作りのフワフワの柔らかい豆腐なのだが、機材の関係で業者さんで手配してもらった、木綿豆腐。

辛味を抑えるために、玉ねぎと白菜、豚肉、玉子。

その他の具材は同じだけれども、白菜から水が出るので味の調整で、仙台味噌を入れた。

仙台味噌を入れるっていれるってのは調理長のアイデア。

そんな感じでスープの仕込みが進んでいく。
仙台パルコ店のスタッフが勢力的に頑張ってくれた。
宮城4

そして、炊き出しの特別な物凄く具沢山のスンドゥブが完成した。

ここでの炊き出しは、直接被災者の方に直接スンドゥブを渡すのではなく、ボランティアの方にスンドゥブを渡し、部屋に運んでもらう形だ。

直接食べている表情が見えないのが残念だったが、少し経つとお代わりをしに続々人が公民館から出てくる。
宮城5

「美味しいねぇ」とか「こおゆう炊き出しを待っていたんだよ」と言う言葉と笑顔を頂き、我々は来てよかったと実感すると共に、心を打たれました。

ボランティアの方が言うには、これだけお代わりの要望があるのは異例だという。そして、一通り被災者の方の食事が終わると、今度はボランティアのかたへの提供。
宮城

こちらも好評で、お代わりが続出しました。うれしい限りです。

宮城7
被災者の方と話す機会があったのですが、山王公民館の周りは家は無事で、その家を眺めながらその方は「この辺は全然大丈夫なんだねぇ」と。

その方は3月11日に津波で家を流され、避難所に避難していたが4月7日の余震でその避難所も追われて、山王公民館へ来たと言う。

なんと、仙台パルコの一次工事をしたと言う方だった。

何も言えなかった。自分には帰る家もあるし、仕事もある。その方の今後の幸せをただ祈るばかりだった。

炊き出しも終わり、撤収して公民館をでる。

被災者の方が何名かで、お辞儀をされながら見送りをしてくれた。
子供達が「もう帰っちゃうの?」

ジーン(涙)

本当に心に残った日でした。

改めて、仙台のスタッフの方々、本部スタッフ、後方支援をして頂いた方々、本当にありがとうございました。

今後も継続して支援活動をしていきます。

絆の国、日本。
涙は消せないけれど、笑顔は作れる。