Apizza立教通り店オープンしました。

人と人とのつながりが、未来をつくる。

Apizza2号店がオープンしました。

大変盛況でした。 出来れば、先代社長に見せてあげたかったなぁ。

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思えば、先代がピース売りのピザをNYで見つけて、日本でも やりたいと自分が使命を受けました。

タイ料理と同時だったのですが、当時の中野坂上のキッチンで I津さんとふたりで試行錯誤で開発をしていきます。

時間がかかりました。 なんせ、ピザなんて作ったことなかったから、信じられるのは 自分たちの舌だけです。

普通に考えると無謀ですよね。

ピザ職人を連れてくる方がよっぽど早かっただろうし、ただその試行錯誤 と研究の毎日が自分の知識の構築に役立っていると思っています。

いまのメインのトマトソースに関して言えば、中野坂上にあった個人の居酒屋さんがあって、そこのオーナーは元々ホテルのシェフの方で、秘伝のレシピと料理大全集みたいな本の「ソース編」をプレゼントされました。

それを少しアレンジしたのがベースになっています。

なぜか、他のメンバーもいたのですが、自分が特別に気に入れられて、料理の先輩として色々教えてくれました。

実は牛すじスンドゥブもここの、人気商品の「牛すじ」をヒントにしてつくりました。

NYのワンピースピザはリヒートといって、焼き置きしたものを温め直して提供します。

ただ、どうしても焼きたてのものに比べて味は落ちてしまいます。

いまの、Apizza東通り本店ですが知っている人は知っていると思いますが、

池袋キッチンという名前で、ランチのみ営業していて

タイ料理とピザと韓国料理を提供するという、お客様から見れば

なんだかわからない店でした。

全て、業態開発のテストキッチンだったんですけどね。

そして、ピザ業態に関しては、H井さんが責任者として入ってきます。

自分はピザに関しては、一歩退いて、先行していたタイ業態の2店舗目のダイバーシティ がありえない程のカレーが出るという自体に、週末に向けて仕込み三昧。

一人で400人分位仕込んで、それを冷やして・・・・真空パック・・・ものすごく痩せました。

H井さんのパワーが加わって、急加速でピザ業態のスタイル確立が進んでいく。

その間、タイカレーの仕込みが終わると、桜チップと一斗缶を使って、新たな課題である パストラミの開発など。

夕方から、煙がモクモク、本当、周りからみたら「謎のお店」だったろうな(笑)

そんな間の中で、ピザの試食をするのだが、なかなか満足をいくものが出来てない。

日本人って温め直しって合わないんじゃないかとか、色々と意見を交換しました。

基本、粉の配合は既にできていたので、それ以外に、なんか出来ないかなって。

自宅で色々調べていたら、ある材料が自分の目に入ってきた。

イーストです。

翌日、そのイーストを購入して「これ試してみて」って感じで試食したら

メチャ美味しいモノが出来ました。

そして、それをH井さんが、こだわりのお店作りや、スタイルを作り

それこそ、カットにもこだわった、四角いピザが出来ました。

一号店オープンしてからも色々ありました。

そして、2号店。

いろんな出会いがあったからこそ、生まれた業態だと感じてます。

もちろん、I津さんやH井さんの頑張りや実務が当然大きいのですが、

中野坂上の居酒屋のマスターを含め、デザイン会社のかたやお取引 業者様の協力がなければできなかったことだと思います。

人と人とのつながりを持つことで未来が生まれる。

 

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いや、人と人とのつながりで未来は作れる。

Apizza立教通り店オープン時に、ワインがぶがぶ皆で飲みながら、

ご来店してくれるお客様を見て、感じていました。感動です。

その後、撃沈でしたが・・・・。

 

 

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