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先日、池袋TK(テストキッチン)で試食を行ったのだが、面白い現象に遭遇する。
まぁ、自分も何度も経験している内容ですが。

本部のスタッフが集まり、全く同じスンドゥブだったのだが、一回目に食べた時には味が「薄く」感じられたのだが、2回目に食べた時には「美味しく合格点」が出るものだった。

ものすごく細かく分析すれば、30分前のスープと30分後のスープということもあるし、調理の工程で豆腐の水の切り方が違っていたりスープの攪拌の違いなどあると思うが、大方の結論としては、「前に食べた味の影響」ではないかと感じた。

実は「薄い」と感じたスンドゥブの前に、すごく味が濃く濃厚なものを食べた。
少し、濃過ぎるのではないかと意見も出たほど。

その後に食べたものだから、よけいに味が薄いと感じたのかもしれない。

人の味覚を含めて感覚というものは、かなり曖昧である。

例えば、同じ甘さや辛さであっても、自身の経験で感じ方が異なる。

わかりやすい例でいえば、キムチを食べた後にアイスクリームを食べるのと、ケーキを食べた後で同じアイスクリームを食べるのでは、人の感覚では味の感じ方が違う。
前者と後者では、ほぼ前者の方のアイスクリームを甘く感じるだろう。

よく、営業の研修でお客様とのやり取りの一例で使った言葉だったが、本当に飲食業に入って、同じような経験をするとは思ってもいなかった・・・・。

そういえば、11月のメニュー改定でスーパーホットの上の辛さを提供するのですが、自分はそれを食べてもそれ程辛いと感じなかった。
数か月前に「東スンクラブ」の会員さんに集まっていただき、ご意見をいただいての新しい辛さのバージョンだ。

ほんの数時間前にランチで辛い「スーラーメン」をたべていたから感じ方も違ったのかもしれない。

それほど人間の感覚は曖昧というか、正確ではないし経験が左右する。
もちろん、味だけではサービスに関してもだ。

ただ、裏返せばそれが人の魅力であり、個性や経験というものにだと思う。
プログラムではなく、自身が感じたことや自身の思いを自ら表現を自由にできるのである。

PCは1+1=2という答え以外を生み出すしかない。ただ人は違う。
1+1が10になることもあるし、逆に1+1がマイナス2にもなることもある。
これは、決して味とかその辺の話ではなく、すべて自身の思いが反映されるのだと思う。

「出来る限りをする」という表現はよい表現だが、「限りではなく」、「出来るまでする」というスピリッツを持ってほしい。
「出来る限り」という表現は「今いる自身の限界や出来ることに対しての境界線を引いている表現だ。」
「出来るまでする」または、「出来ることを期待して行動する」が必要だと思う。
人は曖昧で柔軟性を持っている、それが成長という言葉で集約される・・・・。

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