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ボビーが逝って3日後位だったが、明るくしている自分に「かみさん」が「もう悲しくないの、ボビーのことはどう思わないの?」と言われた。
自分の答えは「毎日泣いているよと・・・・」
思い出しては時には電車の中で我慢できなくなり泣いたり、彼の顔を思い出すとどうにも涙が止まらなくなる。
決まって、会社の帰りや時には出勤途中にだ。それだけ14年という歳月と彼との生活は楽しかったし、大切にしていたのだから。
でも、仕事は別だし、普段はみじんも感じさせることなくしようとしているし、今の仕事の状況からして、まったりしている時間がないので・・・・。

仕事という部分と、自分は両親が亡くなっていて、少なくとも2度の肉親との別れを経験しているので、その辺でも経験しているからという部分があるので立ち直りは早いかもしれない。

ただ、一緒に暮らしている家族を始めて失った、彼女の気持ちは自分以上のものだろう。

まして、かみさんとボビーの過ごした時間や、病気になってからの時間の過ごし方の違いは自分と比べても違う。自分は仕事で家を空けるが、かみさんとボビーは常に一緒だった。
余命を宣告されてから病院に頻繁に通っていたのだが、それもかみさんが中心だったのを思うと、励ますというより、そっと見守っていてあげて、そして支えていきたいと思っている。

bobby
自分は、立ち直りが速いと言われるかもしれないが、自宅のPCの壁紙にボビーの最後のクリスマスの写真にしているのだが、亡くなった当初はその画像をみて、涙が止まらなかったが、今では生きているボビーに会えるようで、思わず「ボビー」なんで言ってしまう。
ボビーとなになにしたというのも思い出も沢山あるが、ボビーが笑っているイメージが自分の中で一番の思い出だと感じる。

今では、ボビーの楽しい思い出のイメージが思い出せる部分がある。そして彼は自分の体を失ったが、逆にいつでも人の心に入ってきてくれる。今は、仕事中でも外出中でもいつも一緒なのだ。

人はイメージ(偶像)が思い出(脳に)と残るという。
楽しいも思い出や、悪い思い出も同じ量だけインプットされるのだが、人は本質的に楽しい思い出は、右脳で感覚的にとらえ、悪い思い出は左脳で理論的にとらえるらしい。

そして右脳でインプットしたことは本能的な部分が多いので、いつまでも消えないという。

ただ、これはあくまで大人の大脳の構造で、子供や大人でも強烈な危機感や悲しみなどに見舞われた時には、右脳で感じ取ってしまうことがあるらしい。いわゆるトラウマというものだ。

悲しい、嬉しい、そして美味しいというのは、間違いなく「なにがなんだから、悲しいとか嬉しいというのはなく、人の生きてきた本能で感じるものだ」簡単にいうと感情や本能だ。

前置きは長くなったが、間違いなく「美味しい」と感じる味は、意識はしてはいないが過去の右脳に蓄積された味覚のデータベースとやり取りして人は判断しているのではないだろうか?

そして、「美味しい」と感動するのも「右脳の判断」が多いのではないかと思う。

・・・ということは、料理を作る側も右脳的な発想のメニュー作成が必要ではないかと感じる。

これとこれを組み合わせれば、こうなるという発想より、こんな味を作りたいとか、これとこれを合わせたら、今までにない味になる・・・とか・・・・。
いままでも、そんな発想で出来たメニューは意外とヒットしている。

チーズやバターもそうだし、ゴマ坦々も。
ジャガチーチヂミなどは新宿店にお客さんとして会社の同僚と飲食をしにいっていたのだが、チヂミにチーズをいれたらどうだろうかと、いきなりキッチンに入って作ってその場にあったジャガイモをカットして作ったっけ。
最初は、バイトの子の指示して作ってもらったんだけど、「これはいける」とカットの仕方を変えたり工程を変えたり、店舗にしてみれば迷惑でしたがね・・・・。

そんな感じで、理屈や計算ではない、メニュー作りもあってよいと思う。

自身も含めて、メニューはもちろんのこと、もっともっとチャレンジしてほしい。

そして、健在意識(左脳)も大切だが、潜在意識(右脳)にも目を向けてほしい。
ものすごい可能性を持っているのだから。

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