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東京純豆腐の始まりは、社長がNYでスンドゥブと出会い日本で事業化出来ないかという所から始まる。
I部長・H山部長・自分に話があり、色々と韓国料理店で試食したり、自分が自宅で試作して原型が出来た。
そして事業をスタートするという段階になって、現在の仙台店店長のS水君が入社した。

H山部長・S水君で浅草の純豆腐が美味しい評判のお店に試食にいった後、S水君と自分で2人でカッパ橋までトッペギを10個位買いにいった。帰りがけに色々と話をした。凄くピュアで素直な印象だった。
この瞬間が実は東京純豆腐のスタートだったのかもという話も、いまとなっては2人ですることもある。
常に「なんでですか?」「どうしてですか?」とウザい位に質問が来る。
ただ、この問題意識と謙虚さが以後の彼を作っていく。
彼は飲食業経験が全くない。自分と一緒だ。分からないことだらけ。

そして調理長が入社して、社長の別宅で試作試作の毎日。彼は自分と調理長に「あの材料を買ってきて」とかこまづかいのように使われていた。
ただ、嫌な顔ひとつせず、動いてくれた。そして自分の意見も語ってくれた。

「俺、思うんですけど・・・・」と、まだ実体のないスンドゥブ専門店のサービスであったり味であったり、1日4回位は最低語るのである。

そして1号店である青山店を開店するにあたって、いきなり開店何日か前の朝礼でいきなり「店長職」を命じられた。
彼は「あっけにとられ放心状態」。顔面蒼白となり目が泳いでいる。今でもその場面は頭に残っている。

もちろん、調理長も店舗に入るので上手く連携をしたり、教えてもらえれば良いと考えていた。
自分も店舗に入れる時には入るし・・・・。だだ俺も飲食ド素人だし・・・不安はなかったわけではない。

そんなこんなでスタートした青山店だが、案の定、S水店長の周りを固めた社員の中には、飲食業界で色々な経験をしてきているスタッフもいて、数々の不満が出たり、自分が店長をやればS水店長より利益を残せると直談判してきたスタッフもいた。

ただ、ひとつ言えたことは、アルバイトのS水店長へ対する信頼感や好意は他の社員よりあったと思う。

それは彼の思いやピュアな心に賛同してのことだと思う。

そんなこんなで、青山店の店長から麻布台と経由して、仙台パルコ店の店長へなっているが、茨の道ではないが「会議で怒鳴りつけられたり」「お前は馬鹿か」と打ちのめされながらも彼は成長してきた。

仙台店オープンにともなって、K茶マネージャーとの時間も彼を成長させた要因だと思う。
そして、仙台という本部と離れた部分で自立心ではないが、頼る所がなくなった部分で成長したのかもしれない。

S水店長!ごめん!失礼なことを書くけど自分の最高のほめ言葉だから!

「おもちゃみたいな会議資料をつくってきて」「それが結論かよ?という会議での発言」
それが、「手の込んでいて的確な会議資料」「自身のハートやお客様目線の提案や質問」「従業員満足度の向上を会社に訴える」姿。

凄く輝いていると感じます。

勘違いして欲しくないのは、他の社員は輝いていないということではなく、凄く人が成長する姿を見るのは嬉しいものだなぁと思える今日この頃といった所でしょうか。
ただ、S水は当初語っていた、お客様とか従業員とか、その視点は変わっていない。
言い方を変えれば、「みんな幸せになれるためにはどうすれば?」みたいな視点は変わっていない。

一生懸命働いているスタッフがどうだとか、いつも来てくれるお客様がどうだとか?その視点はぶれていない。
実は、初の関西出店にします。HEPナビオ店と大阪マルビル店を3月にオープンします。

そこに送り込んだのは、S水店長・調理長、数々のTV出演を果たしている熱き男Y崎SVです。
ハート3兄弟です。最強布陣です。

やり方や方法論は書面や経験で得ることはできる。
ただ、スピリッツやハートはじかに接していないと感じることが出来ない。

やり方を伝えるのではなく、ハートを伝えることが事業を成長させるのだと思う。
自分も含めて、もっともっと伝えていかなければと思う。

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