飲食未経験の集団で東京純豆腐に参入したした時に、はっきり言ってきちんと飲食業としてきちんと出来るか?って言われれば、正直自信がなかったかもしれない。

でも、商売の形態は違ってもいままでやってきた事の延長で考えれば、なんとなくではあるが、出来るんじゃないかと思った。

それはお客様目線であったり、飲食業では経験は無いが我々は少なくとも30年近くの歴史の経験とノウハウを持っていたから。

そして、飲食業ではなかったけど、お客という立場で何十年も仲間と飲食店に携わっていたから。

自分、思うんです。

ってか、先日お風呂に入っていた時に突然降りてきたんですが、出来るとやれるって違う。

出来るって確実じゃないですか。

でも、やれるってニュアンス的に、やれるの後に「かもしれない」とか「はずだ」とか付いてきそうで、少なくとも「出来る」って表現よりニュアンス的に弱いと思います。

でも、「やれる」って言葉には挑戦的な意味もあります。

出来ないかもしれない。でもそこに挑戦する気概じゃないけど、「やれる」って言葉にはあるのではないでしょうか。

東京純豆腐を立ち上げた時に、ウチも何十年も教育事業を基盤とした会社の体勢がありました。

中には、飲食素人集団で何が出来るみたいな風潮もありました。

でも、出来るのかと聞かれたら、うまく答えられないかも知れなかったかも知れません。

でも、「やれるのか」って聞かれたら間違いなく「やれる」と答えたでしょう。

「やれる」って思いなんです。

「出来るって」方法論なんです。

だから、いま思っていることがあります。

「出来る」を積み重ねてそれなりにやってる飲食業や企業もあります。

でも、自分は自身で「やれる」ってのが大切にしたいです。

常に挑戦的であって、思いを大切にしたい。

日曜日のお風呂の時間に、Kちゃんが教えてくれました。

実は、自分にとって親父のような、尊敬している人生の師のような方がなくなりました。Kちゃんとしておきます。

方なんていうと他人行儀ですが、本気で怒られたり、本気で褒められたり、時には本気で首しめたろかと思うくらい辛い仕打ちも受けましたし、時には、褒めてもらうのは嬉しいけど、顔にキスの嵐。
最後はディープキスです。

本当に尊敬してたし、好きな人でした。

ある時期、Kちゃんの奥さんが実家に帰ると決まって呼び出され、飲みに行きました。
さびしがりや?

本当に当時はとことん飲んで、、営業時間外の店に電話をして、無理やり開けさせたり。
引っ越したばかりの家が分からなくなり、交番に聞きに行ったり、とんでもない飲み方もしてました。

そして、kちゃんの家に泊まります。
翌朝、決まって「Sお腹空いたろ!」

と、言ってホカ弁を買って来てくれました。

雑司が谷の家だったでしょうか?

同じように家に泊まり、その日は自分も休みだったので昼過ぎに起きました。すぐにKちゃんも起きて、ホカ弁買いに行くって言うので、チャーハンでも作りましょうかって言ったんですが、また今度みたいなアクションをされていつも通りにホカ弁です。

まだ、飲食業に携わる数年前の話です。
あの時に、無理やりにもチャーハン作っていたら。

関係ないよね。

うん、分かっているけど、止めどなく流れる涙を枯らそうと思って、久々に3時間風呂入ったよ。
ホカ弁思い出しながら。

本を読んだりしながら。

Kちゃんとの思いでも、思い出しながら。

そしたら、当たり前のことなんだけど。

出来るを追うのではなく、やれるを追えと!

そんな言葉がKちゃんからおりて来ちゃいました。

出来る有能なスタッフだけ集めても成功するとは限らない。
自分は出来ても、現場が出来なきゃダメだし。

今までは出来るを基準でしたが、ヤレるを合い言葉にせーよ

出来るとヤレるって、言葉は似てるけどすごく違うと思う。

出来るってのは、そこで完結ですが、ヤレるってのは違う。

Kちゃんありがとう!

次回、出来ると、ヤレるの違いえを書きたいと思います。