不調かな。

いや、不調ではないです。

自身の思考です。

業態も増えて色々とね、仕入れたり考えないといけないことが色々あります。

自分は開発の仕事をしているのですが、美味しいヒットする料理のアイデアは湯水のように出て来るわけじゃありません。

だから、悩むこともあるし、スランプにおちいることもあります。

あくまで、自分で思うことなのですが。

でも、誰しもが考えるような普通のメニューを考案することは自分には求められてない。

そしてネット関係にも、少し詳しいのでそこでも、色々考えたり期待に答えないといけません。

そうなると自身の想像力と応用だと思っています。

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そこは、根本的にいうと自身の思考まで発展します。

今の現状では物流がどうだとか。

オペレーションがどうだとか・・・もちろん考えることも必要なんだけど、そこに関しては突破らう。

企業には一人や二人は破天荒な、アホな人間も居てもいいと思うので、そこに徹する。

ただ、まず「なんでも出来るんだ」という数十年前に読んだ本を再度読み直してみようと思う。

当時の部下の女の子が、ぜひ読みたいというので、貸していたがそのままのになってしまった。

なんで、アマゾンで買って読み直してみようと思う。

なになにが、どうだとか考えるなら、上手くいかないのなら考え方の変化が必要だと思う。

そこの根本は思考だと思っている。

思考が高揚していれば、行動も変わるし、結果も変わる。

本の到着が待ち遠しい。

あくまで、個人的に内容でした。

子供のころ、魚って骨を取らないといけなくて、それが面倒で嫌いだった。

これは年代によるものもあるが、自分が子供の時代には肉が豊富にあり、魚を食べるなら自分は肉派だった。

だから、自宅の食卓には、自分は肉、オヤジは魚と豆腐なんて光景が頻繁にあったのを覚えている。

母の苦労がいまになってわかります。

でも、今では骨無しの魚の販売もされている。

たまに、オヤジと一緒に魚を食べると、イワシとか頭から食べたほうが美味いとか、さんまはハラワタも食べろとか。

オヤジは漁師町の出身なので、昔ながらの魚の美味しい食べ方に熟知している。

でも、イワシを頭から丸ごと食べると、実は美味しかったなんて、子供心にも覚えている。

今になって、わかること。

それから、オヤジと釣りにいったりして、スーパーにならんでいる魚とは別次元の味の体験をした。

オヤジが死んでからも、釣りが好きで仲間と行ったり、一人でも釣りに行ったっけ。

そして釣れた魚をさばいて料理をつくる。

そんな経験も実は、料理に携わる作り手には必要なんじゃないかなと思うことがある。

ある時に横浜のある穴場にいき、カサゴは結構釣れたのですが、アジは5匹位しか釣れなかった。

アジの刺身が食いたい気分だったので、スーパーで何匹か買い足して帰りました。

包丁を入れてわかるのですが、身の締まり方が全然違う。

スーパーで買ったものと、釣ったものは包丁の入り方が全然違う。

こんなにも違うんだなぁと思った経験があります。

もちろん、熟成して旨みが増す魚もありますし、一概に新鮮がいいのか、熟成がいいのかってその時の求めていることによって違いますよね。

基本、味的には福岡の人には反感買うかもしれませんが、活かっている魚より、少し熟成した魚の方が好きです。

でも、釣りの醍醐味って部分でいうと、釣りたてを食べるって部分です。

両方を楽しみたいです。

料理の味って、そんなちょっとした素材の特性や、特徴を知るだけで結構変わってくるんじゃないかな。

もちろん魚だけじゃないです。

最近じゃ、加工品をチャチャっと、組み合わせて作るチェーン店もあるけど、それじゃなぁ。

加工品を利用することは必要だけど、その商品の素材や基本の調理方法も知った上で、納得して使用するのはいいと思うけど。

最近では、骨の無い魚がスーパーで販売されている。

加工食品なのだが、骨がないだけではなく、味付けがしてあってフライパンで焼くだけだったり、レンチンするだけとか。

確かに便利だし、自分が子供の頃そんな商品があったら、好んでいたかもしれない。

でも、どうなんだろう。

素材そのものを見ていない。

素材の特性や本質を知らないまま、ただ、便利だとか効率が良いとか。

この骨無し魚で育った、子供が将来飲食店を経営することになったらどうなんだろう。

もとを知るべきだ。

そして効率化や便利を求めるのなら、本質を教える、知ることから始めるべきではないだろうか。

人はそれぞれ、食へのこだわりや食への考えがあると思う。

食のこだわりと言っても、別に高級な食材やアッパーなレストランの話ではない。

生きるためだけの、お腹さえ膨れれば良いという食事と、食を楽しみたい、細かく言うと食事の時間を楽しく過ごしたいというシーンや五感に対する満足度を求めた食事へのこだわりってあると思う。

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なので、別に高い値段のものを食べた時に後者の気持ちになるとか、そーゆうんじゃなくその食事をする人の基準である。

ただ、一般的にいうと駅中の立ち食いそばやさんや、350円弁当などは前者にあたるんじゃないかな。

でも、なかにはこんだけ安くて、こんな美味しい立ち食いそば屋さんや弁当屋さんがあるんだ、って感心することがある。

低単価金額でお客様に満足を与えるということは、本当に大変なことだ。

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そこには、コスト管理や運営方針などの工夫など色々とな努力があるのだろうと思う。

そしてお客様に喜んでもらおうという運営者やスタッフのスピリッツが現れているのだと思う。

だから、そんな店は当然といえば当然、お客様に支持をされる。

そして、そんなお店のスタッフは自分達の目指していること、いわゆる使命や理念に向かって走っているはずだ。

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飲食店はお客様の期待値以上のコストパフォーマンスや、感動を与えた時にリピーターになるし、良い意味でのクチコミが発生する。

500円でも1000円以上の価値観をお客様に感じていただければ(実際には金額では測れないが)CPやCSが向上する。

3000円だしても2000円の価値観しかお客様が感じなければ、CPは下がるわけだ。

逆も言える。500円で200円の価値を感じた人。

3000円で5000円の価値を感じた人。

つまり、金額の問題ではなく顧客満足度、お客様の基準なのだ。

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ただ、だれが考えたかわからないが、飲食には様々な係数というものが存在して、それが全てお店側の視点で考えられているものが多い。

否定はしないし、あえていうなら肯定する。運営には不可欠なものだから。

ただ、それが全てではないということを、充分に理解しないといけない。

経理ならよい。

ただ、店舗の運営者というのは、店舗運営という言わば経営者であって、経理だけの小さい視点で考えてはいけないのである。

係数の考え方を上手く使いこなしていくことだ。
係数に使われちゃいけないのだ。

企業である以上、血液である利益をあげないことには、生きて残れない。

ただ、冒頭の食の考えかたに共通する部分だが、ただ生きていくため、食っていくために飲食の世界に入ってきたわけではないだろう。

お客様を喜ばせたい、驚かせたい、幸せな時間を過ごしてもらいたい。

そして、その時間も自分も共にするってのが飲食の醍醐味なのではないだろうか。

まぁ、綺麗事といえば綺麗事だ。

そんなの理想だよ。なんて言う人もいるかもしれない。

でも、その時点で進歩はないだろう。

現状は自身の考え出した想像でしかない。

自身や組織の未来を想像ではなく、創造できる者が新しいものを作れるのだから(S語録)

自分は何時だって理念を追い求めるし、理想を求めるドンキホーテなんで、久々に自宅PCが復活したので、自由気ままに書いてたら、こんなエントリーになってしまいました。

さぁ、明日(厳密には今日)横浜アリーナのイベントで飲食ブースを出します。

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☆『Beat Connection 2013』:http://www.beatconnection.jp/

代々木のタイフェスの記録を超えるか??

一致団結して、飲食マンの喜びである、お客様と一緒に達成感を味わおう!

お客様に喜んでもらおうぜ!

ご来場のお客様も、東京純豆腐の出店をよろしくお願いします。

極寒予想ですので、HOTでホットする暖かいお料理をご用意しております。

よろしくお願いします。

★フェイスブックページ

東京純豆腐
Thai’s(タイズ)
Apizza
タッカンマリ 

Food_Producer_S←私です。

いよいよ!明日から2日間行われます『Beat Connection 2013』!!横浜アリーナ2Fの“このへん”に飲食ブースで出店しま~す☆

こういった、イベントはとか震災炊き出しなどは、準備から予算組み、店舗の営業とは違った、連帯感と達成感が得られるのが良いところです。

震災炊き出しは2回。

このようなイベント出店は5回目で自分は全て参加していますが、今回は本部メンバー以外の店舗の店長なども参加するので、一極集中の達成感を味わって欲しいなぁと思っています。

美味しいスンドゥブクッパ&チーズトッポギご準備してお待ちしてます=3

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☆東京純豆腐:http://www.tokyo-sundubu.net/

☆『Beat Connection 2013』:http://www.beatconnection.jp/

先日、新し物好きの自分とI取締役とで、Facebookのビジネスセミナーに参加しました。

色々と為になる内容だったのですが、その中で直ぐに出来る事として、名前の横にニックネームをつける事だったり、
プロフィールをストーリー調にして、読ませるだったりとありましたので、打ちにくいiPadのキーボードに苦労しながら、書いていたのです。結果いつものような長文になってしまいましたがFacebookのプロフィールを更新しました。

もちろん、全て実際の話ししか書いていないので、自分で書いていて、昔を思い出してウルッってきたものがありました。

ちょっと意味あってそのプロフィール文書をここに書きたいと思います。

このブログもかつては、かなりのアクセスがあったのだが、当たり前だが、更新頻度の激減で、いまはスタッフがたまに見てくれる程度に成り下がっている。

でも、たまに書くブログなんで伝えたいものがあった。

それは、料理を作る側の視点や姿勢だ。

自分は現在の役責につくまでは、飲食業未経験でした。

でも、人一倍、美味しいものを食べ歩いてたし、常連になってマスターにレシピや素材のヒントを教わって、趣味で自宅で作っていたなんてのもありました。

でも、一人で自宅で飯を凝って作ることなんて出きないんですね。
いや、一人で試作する事もあったが、誰に食べてもらおうってのが無いと頑張れないんです。

つまみ程度なら自分の為にやりますが。

人に喜んでもらいたい。

美味しいって言わせたい。驚かせたい。

そこのみです、自分の料理って。

そんな、自分の原点を思い起こしてくれました。

商売で考えると、原価だとか色々とあるけど、そこから入っちゃうと、そこがずれるんだ。

だから、今でも入り口は、食べて頂きたい人の顔。
原価はその後に、工夫すればいい。

でも、ここって必要なんだよね。

ここの畑の中の材料だけ使って料理を作れるって考えるのと、この畑の材料を使って料理を作れって違うんだよね。

畑しか見れないか、最終消費者に目が向いているか。

久々書いてるんで、また長くなりそうだなぁw

なぜ、こうしたいのか?
これって、踏ん張りを聞かせるために必要です。

なぜ、飲食業なのか?
誰しもが思う、なぜお金が欲しいか?

話しが飛躍しそうなんで、辞めておきます。
でも、なぜがないと踏ん張りはききません。

それでは、自分のFacebookプロフィールの、飲食の原点をストーリー調に。

長すぎて嫌になるわ。自分でも。
でも久々、書きたくなったわー!

H井部長、いつも話も文書が長いと言ってすみません。---------------------------------------------
 忘れられない暗黒の日

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なんの苦労もなく平穏無事に暮らしていた19歳の春。
突然、前ぶりもなく地獄の底に叩き落とされた。

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最愛の母が急死し、翌日のお通夜の準備中に父親が脳出血で倒れた。
とりあえず、自分も救急車に乗り一緒に病院に行ったが危篤状態。

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この時ほど人生で放心状態というのを感じたことがない。

しかし、お通夜・お葬式の喪主を努めないといけないので、危篤の父を置いて自宅にもどった。

こんな時に兄弟でもいてくれたら、少しは心強かったのだろうが自分1人で頑張らないといけない。

涙なんて出ない。悲しいけど出ない。

それより、これからどうなるのだろうという不安とショックでいっぱいだった。

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父親はなんとか一命を取り留めたのだが、重度の後遺症が残ってしまった。

言語障害、歩行困難、右半身不随。

ある、心もとのない人が自分を思ってくれての事だが「杉山君もまだ若いんだから、いっそうのことなくなってくれた方が良いね」なんて。

病院を転院するたびに、現実を知らされて毎日、傷つけられ落胆し、どんどん不安になっていく自分。

でも、母親をなくした今、ただ一人の肉親である父親を大切にしたいという気持ちは変わらなかった。

ある病院で回復の見込みがないと言われていたのだが、リハビリをしましょうという事になり、父親も一所懸命にリハビリをする毎日。

自分も毎日ではないが、一緒に父のリハビリを手伝った。

それて、なんとか杖をついて歩けるほどになり一時退院出来る程になった。

自分はすごく嬉しかったのだが、現実は厳しかった。

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 料理との出会い・そして原点

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父が退院してくるということは、周りの面倒を自分が24時間見なければいけないということだ。

洗濯は入院時代から、家に持ち帰りしていたので問題ないし、お風呂も自宅を改造して父仕様になっていたし病院でも指導を受けていたのだが。

問題は食事だった。

食事なんて作ったことなかった。

当初は親戚が手伝ってくれてはいたが、ずっとというわけにはいかない。
教わったり、料理の本をもらったり買ったりして勉強した。

そこが、自分の料理の原点になりました。

「相手を思って作る」
「相手に喜んでもらいたい」

今でもその気持ちは変わっていません。

そんな感じで2年位を父親の闘病生活(入院中も含めて)を過ごしましたが、自分が22歳の時に再発して手術の甲斐もなく他界してしまう。

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 荒れた生活
 
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両親を亡くして、糸が切れてしまったタコのように呆然とする自分。
あれだけ友人が多かった自分だが、父親の介護を優先して友人との付き合いをたって来た自分の周りに誰もいなかった。

それでも一部の友人の誘いで、ビリヤードなどにはまる。
ビリヤード屋でバイトをしながらプロを目指した時期もあったが、生活がすさみ切っていた。

夜、18時から0時までバイト。バイトが終わるとお客さんとビリヤードを2時間位して、それから飲みに行く。
朝の7時頃まで飲んで歩いて帰宅する。

そんな毎日が続いていた。

そんな自分に「いつまでも両親の事引きずっていないで、ちゃんとした生活しろよ、彼女の事どう思ってるんだよ」と友人2~3人に呼び出され、こっぴどく怒られた。

それでも、その場では「お前ら、俺の立場になった事ないからわからないんだよ」と突っぱねてしまった。

そして、またいつものように朝の7時まで飲んで自宅に帰宅する。

帰宅する途中ですれ違う、スーツ姿のサラリーマンやOL。

顔を真っ赤にして千鳥足の自分を、蔑んでいるよう見えた。

いつもは感じないことなのに、その日はそう感じた。

自宅に帰って、トイレに入りながら、とめどない涙が溢れてくる。
なんだかわからないけど、涙が止まらなかった。

そして、悔しかった。

かつて、自分もスーツを来て飛び込みセールスで新人トップを取った事もあった。
両親の出来事があって、やめる事になったが・・・

それが、今は朝の7時に酔っ払って、サラリーマンやOLに軽蔑されている。

どめどない悔しさと悲しさで、トイレから出て布団に入ってからも泣いた。

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 再スタート

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自分を怒ってくれた友人に、昨日の事をあやまり、就職情報誌をその足で買いにいった。
父の面倒を見ていた時にトヨタのディーラーでメカニックをしていた時期もあったが、自分には決められたことしか出来ない仕事は向かないと思って、やはり営業的な仕事を探した。

1989年10月

企画営業という言葉に魅力を感じて、現在の会社に入社する。

社員規定というものがあり、通常3ヶ月位かかると聞いていたのだが、異例の2週間で規定をクリアする。

傍から見たら潤風満帆に見えただろうが、皆が見ていない所でかなり努力した思いがある。

そこから、成績に関しては好成績をあげる事が出来たが、やはり営業の世界は厳しい事を実感する。

1991年
横浜営業所所長就任

その後、営業本部長、セールスマーケティング部、セールスマーケティングプロデューサーや新規事業に携わる。

その間に30歳の時に結婚をする。

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 飲食業との出会い

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営業畑から、新規事業の立ち上げなどに関わっていたが、ある時ニューヨークに在中してしていた先代社長が、NYで出会ったスンドゥブという料理を日本でできないかという話がでた。

この時点では本格的に飲食業参入が決まっていたのではなく、なんとなく出来たらいいなぁ程度の話しだった。

自分は当時から、趣味でとんこつや鶏がらを買ってきて自宅でラーメンを作ったり、かなり料理好きになっていたので、とりあえず試しにインターネットで調べて作ってみた。

まぁ、はじめから上手くいくわけがない。

そして、社長や部長と一緒に日本でスンドゥブを食べにいった。

衝撃を受けた。

それからというもの、色々な韓国料理屋さんでスンドゥブを食べては、自宅で試作して、また食べるという研究の毎日。

もちろん、仕事を終えたあと自宅での研究なので本当に寝る間も惜しんでという感じだったのを覚えている。

そして、運命の試食会が社長宅で行われた。

緊張のなか、社長が「これ旨いよ~」、皆も「美味しい、美味しい」と。

ホッとした瞬間と同時に、本格的に飲食業に足を踏み入れた瞬間だった。

ただ、飲食業の経験がない会社、そして初期メンバー皆がど素人。

ただ、ど素人だからこそ、お客様目線だったり、つまらない枠にこだわらず、恐れず進んで来れたのだと思っている。

2006年4月
東京純豆腐 青山店オープン。

初めてのお店は青山で。周りの他事業部の者は本当にど素人集団で大丈夫なのかとか、心配の目で見ていたが、ど素人だからこそ韓国料理にとらわれない自由な発想のメニューや、店舗レイアウトでブレイクする。

フードプロデューサーとして、スンドゥブはもちろん、韓国料理、タイ料理、ピザ業態などのメニュー開発などに携わる。

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 永遠の挑戦者

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ど素人から始まり、色々な業態開発やメニュー開発に携わってきたが、自分にとって両親との出来事があって初めて関わった料理というものが原点になっている。

その点ではつらい思い出ではあったが、すごく自分の身になっていることを実感する。

料理ってジャンルがあるが、それを乗り越えて「相手を思う」「相手に喜んでもらう」これが共通することだ。

ただ、当然、職業となった今は素人的な発想は大切にしているが、料理の研究や勉強は以前にもまして努力している。

どんなジャンルの料理でも、枠にこだわられない、常に挑戦者、そしてフロンティアスピリッツをもって頑張りたい。

料理だけにとどまらず、FBの導入もそんな枠にとらわれない部分で新たな活用方法を模索していきたいと思います。

ぜひ、そんな自分の開発した料理ですが、ご興味あれば是非食べに来てください。

ブラスアンドカンパニー株式会社
飲食事業部 商品部部長
フードプロデューサー 杉山浩之